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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)907号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松浦武、同谷正道、同武藤知之の上告理由について。

原審の確定するところによれば、被上告会社の運転手猪川進は、昭和三八年七月二二日午前二時一〇分ごろ、被上告会社がタクシー営業に供していた自動車を運転して、大阪市東区平野町付近を南北に通じる国道(通称御堂筋)を時速六〇キロメートルで北進し、同町五丁目一番地先の東西に通じる平野町通との交差点にさしかかつた際、同交差点の手前数十メートル(少なくとも二五メートル)のところで信号機の対面信号が赤から青に変つたのを現認し、同交差点の直前で一応左右の道路を見たが東西方向から進入する車両を発見しなかつたので、従前の速度のまま同交差点に進入したところ、信号機の東西方向の信号が赤であるのにかかわらず山口厚美(第一審共同被告)の運転する自動車が西方から突入してくるのを左前方至近距離で発見したが、避譲措置をとるいとまもなく、同車のため自車の左側部に衝突され、同乗していた上告人が受傷したのであつて、猪川が時速四〇キロメートルの制限速度を守つておれば、山口の自動車をもつと早く発見できたか、または、発見後に衝突回避のための適切な措置をとることができたと認められるような状況ではなく、右速度違反と本件衝突事故との間には因果関係はなかつた、というのである。そして、右の原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係に照らして、肯認することができる。

おもうに、本件交差点のように信号機の表示する信号により交通整理が行なわれている場合には、同所を通過する者は、互いにその信号に従わなければならないのであるから、交差点を直進する車両の運転者は、特別な事情のないかぎり、信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想して、交差点の手前で停止できるように減速し、左右の安全確認すべき注意義務は負わないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年(オ)第九八〇号同四五年一〇月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一〇一号二二五頁参照)。したがつて、本件における前記の事実関係のもとにおいては、猪川には本件事故につき過失はなく、本件事故はもつぱら山口の過失に起因したものであることが明らかである。もつとも、猪川には道路交通法六八条に違反して走行していた事実が認められるが、その速度違反と本件事故との間には因果関係はなかつたというのであるから、この点は右の結論になんら影響を及ぼすものではない。それゆえ、被上告人に対する本訴請求を排斥した原審の判断は、結局、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

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